第21回IUHPEでの健康生成論やsense of coherenceの取り上げ方について(最後)

 最後に、今後の課題について考えたことを示していきます。
 第1には、SOCの形成やSOCへの介入に関する研究・検討の蓄積の必要性です。これはSOC自体をプライマリアウトカムとして捉え、どのようにSOCが向上する形で介入を行えばよいのかに関する取組みで、れは個人を対象とした研究も考えられる一方で、会社や学校といった組織ぐるみで環境に働きかける介入の在り方も考えられます。今回の報告でみられるように、実際にスイスの研究者らによりwork-SOCを用いて後者の取り組みは進んでいるとのこと、今後の報告が期待されますし、他の研究者グループにおいても更なる検討がなされていく必要があると思います。
 第2にアジア圏における健康生成論・SOCに関する研究の必要性です。今回はタイにおける開催ということでアジア圏からの報告が期待されましたが、ポスターセッションにおいてSOCに関する報告は散見されたものの、十分な研究が行われているとは言い難い状況でした。しかし、インドネシアのように、前回第20回会議における健康生成論とSOCのキャンペーンを機に着眼がすすんだという地域も見られていました。また、IUHPEから離れて視野を広げると、SOCに関する研究は中国をはじめ多くのアジア諸国から続々と発信されていることからも、アジアにおける研究動向については今後引き続き注目していく必要があると思われます。
 第3に日本国内におけるヘルスプロモーション・健康教育学領域における健康生成論・SOCに関する研究・取組の位置づけの明確化の必要性です。特にヘルスプロモーション領域においては、日本国内で健康生成論的アプローチや健康生成モデルを謳った研究や取り組みは、一部の研究者グループにおいて行われているのみです。また、資源や能力の開発に対するアプローチの強力な背景理論となりますが、着眼がすすんでいるようには見えません。
 今回の会議でEU諸国から報告されていた、ヘルスリテラシーへの着眼がすすむ非感染性疾患対策の現状や、一見パラドキシカルな「ヘルスプロモーション・ホスピタル」という用語にみられるように、EU諸国では医学領域においても健康生成論が応用された取組みや発想が打ち出される土壌があるように見受けられました。
 日本においては、「資源」・「能力」の開発に向けた健康生成論的アプローチではなく、あくまで「疾病予防」という疾病生成論的な考え方が研究者内、さらには行政担当者内においても優勢を占めているのではないでしょうか。また、実質健康生成論的なアプローチをとった研究や実践活動をしていても、それに気づかれることなく、本人自身も気づくことなく、あまりに強力な疾病生成論的な取り組みや考え方の中に、いつのまにか埋もれてしまっているというケースも多々あるのかもしれません。
 こうした現状を踏まえると、我が国においてはまだしばらくは、健康生成論やSOCに関する基礎研究の蓄積が必要であり、成果を上げていく必要があるのかもしれなません。ただし、SOCに関する研究は日本国内においても目に見えて増えてきており、世界水準にも近く、一定の到達点にたどりつきつつあるようにも見受けられます。他方、肝心の健康生成論や健康生成論的アプローチという、学問的視点やその有効性についての浸透はヨーロッパ諸国からは、かなり遅れているといっても間違いないと思われます。我が国においても、IUHPEヨーロッパ支局の健康生成論ワーキンググループように、健康生成論的な視点やアプローチの有効性を追求し普及するグループがあっても良いのではないかとも思われました。

第21回IUHPEでの健康生成論やsense of coherenceの取り上げ方について(その5)

以降は、今回の会議で感じた私の個人的な感想を述べたいと思います。
今回第21回の会議における健康生成論とSOCの位置づけを考えると大きく2点が考えられました。

第1に健康生成論やSOCに関する研究の潜在化です。つまり、これまでは、その学問的立ち位置について研究者間で十分なコンセンサスが得られていなかったことから、健康生成論とは何か、あるいは、SOCとは何か、という観点の基礎研究、いわば健康生成論のための研究や、SOCのための研究が行われ、学会などでもその名を冠するセッションがもたれてきたように思われます。しかしながら、こうしたスタンスは、前回第20回大会で一つの到達点を迎えたのではないかと思われました。今後の健康生成論・SOCの有り方としては、健康生成論・SOCに関する基礎研究から応用研究に、すなわち、他の研究目的のために健康生成論やSOCを用いて、より説明可能にし、評価や介入をより可能とする糸口を提供する理論・概念としての有り方に進化していくのではない課と思います。また、これは、今回のIUHPEにおける報告に限らない、国際的な研究動向としても言えると思います。
 第2に、第1の点と関連しますが、ヘルスプロモーションに関する取り組みにおける、基礎理論としての健康生成論や健康生成モデルの位置づけを明確にした報告が多くありました。これは資源と能力へのアプローチへの焦点化を図った、sub-plenaryセッションでよりはっきりしたと言えます。健康生成論的立場では「疾病予防」という用語はなく、あくまでもそれはリスクファクター除去を念頭に置く疾病生成論的な考え方であるとされています。こうした観点から、このsub-plenaryセッションでも極力「予防」という用語は使用していませんでした。その代り、健康生成論における健康をつくる因子(健康要因)として重要な位置にある「資源」と、資源の中でも個人内のいわゆる内的資源に相当する「能力」に着眼したアプローチの有効性について明確になったと言えます。
 また、ヘルスリテラシーは、健康生成論的にも有力な「資源」あるいは「能力」であるという位置づけが明確になされていました。さらに、資源間の均衡を調整する役割としての鍵となる資源でもあるSOCの役割と意義についても、労働分野における報告で大きく取り上げられていました。
 

第21回IUHPEでの健康生成論やsense of coherenceの取り上げ方について(その4)

8月26日午後の、組織の健康開発のための能力形成に関するシンポジウムでは、Bauer氏により仕事の要求(Job demands)と資源(Job resources)のモデルの解析結果の報告があり、要求量と資源量の「比」、およびWork related sense of coherence (Work-SOC)の存在が、よりその関連性を解釈する上で有効な要素となる可能性について言及されていました。
そして、同じシンポジウム内で、スイスのVogt氏は、Work-SOCの開発と報告を行っていました。Work-SOCは9項目から成る7件意味微分法による測定の多項目尺度で、あなたの現在の職業や仕事の状況をどの程度主観的に把握しているのかについて聞いたものです。項目の例としては、管理できる―管理できない、予測可能―予測不能、などの項目があります。(この尺度については、前回第20回の会議でBauer氏によって報告されていました。)
実証研究の結果、ソーシャルサポートやコントロール度を含む仕事上の資源と、ワークエンゲイジメントとの関連性において強力な媒介効果があることが報告されていました。こうしたことからも、実践的にも健康生成的な労働条件の質を評価する方法として位置づけられ、組織的介入の必要度の評価にも使用できるであろうと結論づけられていました。
この資源とSOCとの関係について、ここまで厳密に測定して実証している研究はこれまでにないのではないかと思いました。
この厳密さと、健康生成モデルにたいする誠実な姿勢がとても共感を呼びました。

第21回IUHPEでの健康生成論やsense of coherenceの取り上げ方について(その3)

(昨日の続き)オーストリアのPelikan氏は、WHOのヨーロッパ支局が出しているという、「ヨーロッパ地域の非感染性疾患(NCD:脳卒中や癌、心疾患、糖尿病、高血圧症など、生活習慣病を含む細菌感染によらない疾患の総称)対策のアクションプラン」における、「医療サービス機関のありかたの再方向付け」というテーマについての取り組みの紹介をしていました。
 Pelikan氏は、このテーマを、健康生成論的に模索する必要があるとしており、健康生成論と健康生成モデルによって、この医療機関の役割について分析的に再整理を行なっており、その検討結果について報告していました。
 伝統的には、病院をはじめとする医療サービス機関の位置づけは、基本的には治療を行なって、危険因子/リスクファクターを除去する、いわば疾病生成論的場所でありました。しかし、今回あえて健康生成論と健康生成モデルと照らし合わせることで、医療サービス機関の新たな価値と意義の抽出ができたということです。つまり、健康生成論的に「病院」をとらえなおした、いわば「ヘルスプロモーション・ホスピタル」における役割は、「個人レベル」と「シチュエーションレベル」の2つに分けられるとしていました。前者の「個人レベル」での役割としては、健康習慣や健康管理に関連する知識や技術、ヘルスリテラシーを強化することが挙げられていました。また、「シチュエーションレベル」での役割は、患者情報や教育・相談、セルフケア・自己管理を支援する健康・社会サービス、健康グッズ(薬・栄養など)、住まいや衛生、といった関連インフラの利用可能性やアクセスの改善がその役割として挙げられていました。つまり、医療機関は、ヘルスリテラシーの向上や行動能力、自己効力感の向上、さらには、教育相談、医薬品や栄養物品、医療器具、そして衛生環境といった、「健康的(salutogenic)」であるための資源を創出し、配布する場所でもあると報告していました。
 このPelican氏の報告は、他のセッションでも熱心に行なっていて、またヘルスリテラシーに関するセッションでも個人レベルに特化した部分について説明が行なわれていました。
 健康生成論は頭では大事だとわかっても、実際に自分の研究的価値観として受け入れ、アウトプットを出すことは難しいと思います。健康生成論的価値観では、既存の疾病生成論の価値を否定はしませんが、両立させる、ということで、俗っぽく?考えると疾病生成論の価値を半減させるものかもしれません。つまり、リスクファクター除去に向けて頑張って新たな知見を見つけた、すごい発見をした、というとき、もし疾病生成論のみの価値観の世界であれば、これはすごい発見だ、医学・健康科学の発展に大いに寄与する発見だ、と言う話になります。がしかし、健康生成論と疾病生成論を両立させる価値観を許容すると、そのリスクファクター除去に関する知見の発見は、すごい発見で大事だけど、それはあくまで疾病生成論的に価値が有るという問題で、健康生成論的にみると・・・という話になってしまう、かもしれません。ただ、科学哲学的なパラダイムシフトというのはそういうことなのだろうと思います。
 しかし、視野が広く器の大きな人は、そうは見えないかもしれません。先ほどのBauer氏やPelikan氏は医師で、まさに疾病生成論的な教育を受け、実践、そして研究活動をされてきた方だと思います。しかし健康生成論を柔軟に受け入れ、そしてその中で新たに着実に様々な研究をしているという、視野が広く、器の大きな人なのではないかと思った次第です。かくいう私は健康生成論にずぶずぶに浸ってやっていますが、研究の駆け出しから、幸か不幸かこのテーマであったので、柔軟とか器の広さとか、全くもってない(関係ない?)のではないかとも。。ただ国内ではかなりマイノリティだろうとつくづく思います。

第21回IUHPEでの健康生成論やsense of coherenceの取り上げ方について(その2)

前回第20回世界会議では、Bengt Lindström氏らにより、会期中連日午前午後にわたりシンポジウムやワークショップやパラレルセッションが行われており、会議全体が「健康生成論」一色という状況でした。しかし今回では健康生成論関連の報告は8月26日の一日に集約されていました。
しかし、これらのセッションについては非常に内容が濃く、奥深く、今後の健康生成論とSOCに関する研究のあり方を指し示すようなものであったので、少しだけ紹介してみたいと思います。

まず、Sub-Plenaryセッションは8月26日午後に先ほど紹介したLindstrom氏により、「健康生成論的アプローチにより非感染性疾患を減少させるために」、というテーマで実施されていました。ここでは、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北米の4パートに分かれて、同時にそれぞれの地域における取組みについて報告がなされていました。私はアジアおよびヨーロッパのところを行ったり来たりしていましたが、ヨーロッパの報告は大変に進歩的で学ぶところが多くあったように思います。これらの報告は、健康生成論的アプローチとして、概ね能力の向上と資源の整備に焦点を当てた取り組みが紹介されていました。
このうち、スイスのBauer氏は、資源に焦点を当てたアプローチとして労働者を対象とした「Job Demands-Resource-Health Model」の提唱と検証を報告していました。このモデルは、不眠や疲労、痛みといったネガティブ・ヘルスに影響を与える要因として時間的圧迫や役割の不明瞭さ、質的負荷といった仕事の要求度を挙げ、満足やコミットメント、仕事の熱中といったポジティブ・ヘルスの要因として管理者からの支援や評価、同僚からの支援や評価、コントロール度といった仕事の資源を挙げたものです。Bauer氏によると、前者は疾病生成論的関係としていて、後者は健康生成論的関係としていました。調査の結果それらの関連性が明らかになったものの、資源とネガティブヘルスの間には負の関連性がありましたが、要求度とポジティブヘルスとの間には関連性がみられなかったと報告していました。
また、Bauer氏は資源と要求度の「比」に着眼していました。つまり、資源が要求度を上回ることで、ネガティブヘルスは減少し、ポジティブヘルスは増加する、ということを示していました。また、疾病生成論的な視点だけでなく、資源とポジティブアウトカムに着眼する健康生成論的な視点を導入することにより健康的な組織作りが大きく進展すると述べていました。

次回はオーストリアの取り組みについての報告です。

第21回IUHPEでの健康生成論やsense of coherenceの取り上げ方について(その1)

 昨年8月にInternational Union for Health Promotion and Educationという国際組織の3年に1度の学術集会がありました。この学術集会は、3年前にこのブログでも取り上げた会で、ヘルスプロモーションの基礎として健康生成論とSOCが大々的に取り上げられている学会です。先日日本健康教育学会誌に学会の報告を寄稿しました。(日健教誌22巻1号)ここでは、もう少し詳細の部分も含めて報告をしていきたいと思います。

 タイ・パタヤで開催された第21回IUHPE世界会議は、パタヤ市街の喧噪からほど離れたRoyal Cliff Resortエリアにあるパタヤ展示・会議ホールで2013年8月25日〜29日にかけて開催されました。健康生成論(salutogenesis)とsense of coherence(SOC)に関する話題は、前回第20回の会議で連日のように、IUHPEsalutogenesis working group のLindstrom氏らによる報告やシンポジウム、ワークショップなどが開催され、本会議における一つの主たるトピックの一つになったように見えました。
 そこで、今回の第21回IUHPEヘルスプロモーション世界会議において、健康生成論およびSOCに関連するとみられた各報告について順次整理していきたいと思います。
 まず、会議全体における報告の位置づけの特徴、次に、関連するシンポジウムおよびSub-Plenaryセッションとその概要、そして一般演題の状況、最後にそれ以外にみられる報告の概要と特徴、のそれぞれについて整理してみます。
最後にこれらの整理に基づいて、今後のあり方について考察をしていきたいとおもいます。

SOC研究会とポジティブサイコロジーの会

これまでになく日記の間隔がはなれてしまいました。例年4月から6月は様々な授業があるのと、今年は新たに非常勤講師が増えた関係でかなりテンパっており、全く持って研究らしい研究もできず、準備にいそしむ一方で憤慨した日々を送っていました。
そんな中で、自由に議論が行われる小さな研究会は、研究的な関心を高めたり知識を得たりするうえでとても効率が良くて、参加しても楽しいのですが、7月の中旬になって立て続けにそれが二つありました。
1つはSOC研究会です。通称SOC研は今年度から年に4回になり、うち1回は公衆衛生学会の自由集会を兼ねる形になりました。と言うのも主催の山崎喜比古先生の教育拠点が愛知の日本福祉大学に移ったためで、これまでのように、無料で、申し込み不要で、自由参加というスタンスでの開催場所を都内で確保することが難しくなったためです。回数を減らして、主要な研究者が集まる学会の自由集会を利用する、といった方法を取ることになりました。
今回は首都大学東京の荒川キャンパスで行われました。テーマは、松本佳子さん(日本福祉大学研究生)の高齢者の健康関連資源とSOCとメンタルヘルスに関する研究報告、坂野純子先生の思春期向けのwell-being指標の開発の研究、山崎喜比古先生の高齢者向けのSOCの測定に関する報告でした。松本さんの報告に対しては、農村地域の高齢者という制限をつけた研究をしたいということで、農村地域以外の人たちとの比較の視点が重要であろう、ということと、メンタルヘルス指標の使い方に関する議論、つまり、カットオフ値を使って2値に分けることがどこまで有用か、という点について、また、どこまでオリジナリティを出していくことができるのか、と言う点の指摘をしました。坂野先生の研究には、SEMで因子分析をしているのですが、RMSEAが0.09とそれほどよくなく、男女をいり混ぜて分析しているので、別にしたほうが良くなる場合もあるし、その方が正確で示唆に富むのではないかと指摘しました。山崎先生の報告は、SD法が回答しにくいという高齢者に向けて、リッカート方式で測定できるツールを作りたいとのこと文言についてかなり込み入った議論が行われました。まだ完成までは遠いと思います。
立て続けに月曜日にポジティブサイコロジー勉強会がありました。テーマはHandbook of Positive Psychologyか"Sharing One's Story: On the benefits of writing or talking"でした。書くことによる心理的効果については、耳学問で知っている程度でしたが、Pennebaker氏tpそのグループが1980年代から取り組んでいて、免疫系の活性化にもつながるエビデンスを出していたり、健康につながるプロセスとして、書いたり自己開示したりすることと、その共有が図られてsocial integrationにつながることでメンタルヘルスにつながる、と言うようなメカニズムに関する研究がレビューされていました。またwriting療法では、過去のトラウマティックな経験を毎日あるいは定期的に書いていく、という療法になるそうなのですが、その際の副作用的な反応は常につきものでありつつも、経験を整理して意味づけが図られていくこと、そして、表現としてはネガティブなものとポジティブなものが両者がバランスよく入ることが大事であるというようなことの検証結果が示されていました。
介入方法として、直接手を差し伸べる専門家が不要であるという点で有用であるとも思われました。以前に日記療法みたいなものを使って、SOCとの関係を見た事例研究があって、おそらくPennbakerらの研究が引用されていたと思うのですが、効果的で確立した方法であることが良くわかりました。