Antonovskyのsense of coherence スケールとネガティブ感情

2月5日のSOC研究会において、以前にタイトルだけとりあげた文献を紹介しました。
http://d.hatena.ne.jp/ttogari-tky/20110113/1294895680
レジメは以下です。
2011年2月5日SOC研究会.pdf 直
以前、Gayerという人(ドイツの多分医療社会学者)が1997年に指摘して以降、一部の研究者が触れていながらも、基本的にSOC研究に前向きに取り組んでいる研究者からは無視されてきている、AntonovskyのSOCスケールと、抑うつ度や不安度との弁別性の問題をテーマにしている論文で、ついに出たかと思いました。
実は去年7月のジュネーブの学会の時のサルートジェネシスの会議の際にもGayerの論文について言及した人がいたのですが、まあ、こんな論文もありますが、くらいの指摘でしたし、Gayerという名前がスライドに出た途端、会場からは冷笑が漏れるような状況で、みんなやっぱりあまり相手にしていないんだなあ、と感じたのを思い出しました。
実際に読んで見ると、雑誌は、BMCのHealth and Quality of Life Outcomesというフリーの雑誌で、フリーで良いのですが、どうもあちこち、特に方法の部分で、記載漏れだとか内容の不備が目立ったりして、きちんと必要な情報は書くという最低限のことはしておいてほしかった、という不満はありますが、データとしてはそれなりによく取れているデータを用いていました。
彼らの結論は、SOCは不安や抑うつの単なるmirrorであるという結論でした。その根拠は、関連性(偏回帰係数)が高いこと、そして因子分析の結果同じ軸の対極に位置していることが示されたことによるものでした。
ここで一つ批判すると、SOCを従属変数として、関連する第3変数をコントロールした上での抑うつや不安の標準化偏回帰係数の大きさは0.3~0.5の間であることが示されていました。この値は大きいと言えるのか、と言う点です。単相関も出していて、単相関では、なんと0.8近く見られていて、大変に相関が高いのですが、あくまでも単相関なので。
もうひとつは、探索的因子分析(論文では主成分分析)の分析に使用した変数群です。生理学的な指標や健康習慣に関する指標とSOCと抑うつ、不安の各指標とを一緒に主成分分析にかけています。確かに抑うつの不安と同じ因子になると思うのですが、元々単相関で0.8もあるので、あたりまえと言えば当たり前で、単相関のレベルの検討にしかなっていないようにも思います。
以前どこかの論文でみたのは(多分文献の山から探せば出てくるのですが。。。)SOCとその他のポジティブサイコロジー的な類似概念の尺度と、ネガティブ感情関係の尺度とを合わせて因子分析にかけた、という研究です。確かSOCは抑うつとは別の因子になったと言うような報告だったと思うのですが、そのくらいやらないと、意味がないようにも思いました。
ただ、単相関で0.8もあると言うことは、重く受け止めねばなりません。確か、南アフリカの心理学者のStrumpfer達がこういった研究をしていて、同じような指摘をしていたのを思い出しました。今回の分析では抑うつとの相関が高かったのですが、彼らは不安との高い相関を指摘していたと思います。そのため、SOCに関する検討をする際には不安や抑うつに関するスケールで調整することを勧めていたようにも記憶しています。
これだけよくつかわれているSOCスケールなのですが、測っているスケールの文言自体から、丹念に検討した人があまり多くいないかもしれません。よくよく抑うつ系の尺度の項目と文言の内容について質的にチェックしてみると面白いかもしれません。
SOCスケールだけでなく、基準関連妥当性の検討で使われた各尺度自体も、信頼性妥当性の論文が出されて、ROC分析を行って、カットオフ値などが出ていれば、一般的には信頼できる尺度として項目自体の詳細な検討はほとんど行われることはなくなると思います。尺度開発自体は大事ですがかなり地味な作業なので、研究者はあんまり好まないとも思います。学位論文とかペーパーを書きたい人にとってはデータをとって関連性の分析を加えて、という形で淡々と行うことができるからか、最近数は多いようです。
しかし、一般的に尺度開発の論文では、尺度の項目内容、内容妥当性についての検討、これは質的な検討にならざるを得ないと思いますが、こうした検討を十分に行っているのかについてかなり軽視されてきているようにも思います。表面妥当性というか、単にダブルバーレルだとか、社会的望ましさバイアスがありそうとか、逆転したほうが良いとか、そのレベルのチェックでとどまっているようにも思います。そう考えるとSOCスケールはガットマンのファセットアプローチを用いてかなり厳密に内容妥当性について検討したスケールと評価できます。逆に関連性を検討する方の尺度がどうなのか、と言うあたりも気になります。

いずれにせよ、AntonovskyのSOCスケールは、今述べたような厳密な内容妥当性の検討、内的一貫性の検証、そしてその機能や効果に関する多くの検討から、構成概念妥当性が明確に示されています。したがって、使ってはいけないと言うスケールではないです。むしろスケールの信頼性と妥当性についてはきわめて明確に示されていて、数あるSOCスケールの中でも最も使用が推奨されるSOCスケールだと思います。しかし、使う際には、抑うつや不安の要素が一部含まれることによる過大評価につながっている可能性があることも念頭に置かねばならないと思われます。