sense of coherenceのスケールとしての位置づけ

ここ数年の間コンスタントに質問が来るのが、以前にも書いたSOCの下位尺度別での検討ができるか、という点と、sense of coherenceは何点以上だと良いのか、という、ある種のスクリーニングツールとしての位置づけがどうなっているのか、という質問です。

psychometric scaleは、人間の潜在的な力や感覚など、機器では測ることができないものを測るための物差しです。
ある会社が新しい物差し製品を作ったとします。その時には、物差しの目盛の幅の最小幅は正確に1ミリになっているのかとか、何回も使っているうちに折れたり縮んだり伸びたりしないかとか、チェックが必要です。メートル法の基準に沿って幅をチェックし、テストを繰り返したりして耐用度をチェックし、初めて製品として世に出ると思います。
SOCスケールも同じで、正確にSOCが測れるのか、メートル法の物差しと違って黄金基準はないのですが、Antonovskyは質的なデータを集め、研究者間で議論を行ったうえで検討しました。そして、耐用性をチェックするために再テスト相関をチェックしたり、項目分析を行ったり、内的一貫性の検討を行ったりして、項目の整理を行いました。
こうして出来上がったAntonovskyのSOCスケールです。どこからが良く、どこからが悪いという話は、次の段階です。身長でも、何センチ以下が低身長で、何センチ以上が高身長で、というような基準があります。こうした基準は一般的には、測定したデータから感度や特異度等の臨床的なデータをもととして判断された結果出てくるカットオフ値であることが多いです。
感度や特異度を出すためには、参照基準が必要で、例えば、SOCが高いことによって何が良くなるのか、SOCが低いことによって何が悪くなるのか、明確にしておかなければなりません。SOCが悪いと、その後何が悪くなるのか明確ではありません。先行研究では抑うつになるかもしれませんし、健康行動が悪くなりますし、疾患にもかかりやすくなります。では、そうしたものを基準にしてカットオフを出せばよいではないか、という話になりますが、抑うつのスクリーニングなら、すでにそのスクリーニングスケールがありますし、他のものに関してももっと明確なスクリーニングツールがありそれを使えば良いので、そういったものを予測するためにあえてSOCスケールでスクリーニングする意義が感じられません。
さらに言えば、たとえSOCスケールでスクリーニングし、要観察者が出たとします。しかし、その人に対して、どのような介入をすればよいのか、どのような介入をすればSOCが向上するのか、あるいは、様々な健康問題が改善するのか、介入法自体が確立されていません。そういった中でのスクリーニングは意味がなく、倫理的にも問題があるかもしれません。

では、SOCスケールは何のためにあるのか、意味がないのではないか、と思う臨床系の人がいるかもしれません。それは大きな間違いで、はじめに述べたように、SOCという心理社会的概念を測定する物差しであることに他ならないのです。
SOCの臨床応用は、現在進行中ですが、まだ十分には到達していない、という段階という理解が良いと思います。主に、ひきこもりや、適応障害の予測などには使えるかもしれません。