sense of coherenceの由来について

アントノフスキーがSOCを発見したのは強制所収容所から生還した人たちから、という誤った言説がはびこっているようです。問題なのはこれを根拠にしてSOCはこうしたトラウマティックで過酷な経験において意義のあることで、日常的なストレッサーにおいては役に立たないということを時々耳にするので、根拠が間違っている点について備忘録代わりに記しておきます。
あくまでも、彼が行った調査研究の中で、収容所帰還者のうち健康であった人がおり、その人はなぜ健康なのか、という問いを立てたことが、サルートジェネニックな問いの始まりであったということで、健康生成論と健康生成モデルを立てるきっかけであったということになります。その後彼は「Health, Stress, and Coping」(Jossy-Bass, 1979)という本の中でSOCが出てくる過程を描いていますが、まず、汎抵抗資源に目を向けます。様々な「何が健康をつくるのか」という問いに回答する先行研究や理論を見て、汎抵抗資源たる要素を整備します。その中で、この汎抵抗資源によってもたらされる個人の志向性があるはずだということから、SOCを定式化していきます(p122〜125)。そこで彼は、自分の身近な友人や小説の主人公を思い描きSOCが高い人について固めていきます。たとえば、カラマーゾフの兄弟で、イワンやドミートリイのSOCはアリョーシャよりも小さい、などというような形です。そこから事例やこれまで組み立ててきた汎抵抗資源に関する理論をもとにSOCを組み立て、さらに、ストレス対処や健康との関係の中で様々な経験的な証拠をもとにSOCの存在を確信していきます。1987年の「健康の謎を解く」(有信堂、2001)の冒頭ではSOCには3つの下位感覚の存在が仮説的に明確になります。そこで彼は実証を考えます。その時に51人の心的外傷経験をもつ市民を対象にin-depth intrerviewを行い、SOCの存在と、3つの下位感覚の存在について検証することになります。
おそらく、この51人の心的外傷経験をもつ人へのインタビューが、強制収容所生還者へのインタビューと混乱している人がいる可能性があります。さらに、この心的外傷経験を持つ人へのインタビューを通じてSOCを発見したのではなく、あくまでもそれまで健康生成論的問いと、それによって整理された汎抵抗資源を通じてナラティブに練り上げてきたSOCという仮説を、質的に検証する目的であるという点で異なると言えます。
したがって正確には「アントノフスキーは強制所収容所から生還した人たちの研究をきっかけに健康生成論を発見した」になります。健康生成論によってSOCが発見されたので、「・・・強制収容所から生還した人たちの研究をきっかけにSOCを発見した」としても良いのかもしれませんが、そのあたりは各人の理解にお任せします。また、少なくとも冒頭で紹介したSOCがかかわるストレッサーに関する論において根拠にはならない点については理解できると思います。